Live Music ArchiveとGrateful Dead

Kai-Wai散策のmasaさんの記事にコメントさせていただいたら
Grateful Deadの音源を送ってくださった。

送り主のmasaさんに、これは海賊盤なんですかと尋ねれば
いや、それは違いますね、という答えが返ってきた。

調べてみれば、Grateful Deadというバンドは
フアンに自分たちのコンサートの実況録音を認めていたのだという。
それだけではなく、ライブ会場のオンラインにオープンリールの接続まで許し
サウンドチェックが出来る場所まで用意していたというのだ。
こうして録音された音源は、バンドからフアンの間でのトレードが許され
世界を駆けめぐった、いや、今でも世界を駆けめぐっている。


Internet Archive
というサイトがあって、
その中に、Live Music Archiveがある。
この中にGrateful Deadのライブ音源が登録されている。

1965年から1995年まで。
登録数は、現時点で2923(間違えていないかな?)。
僕は、このリストを見て、いささかの誇張でもなく
カルチャーショックを受けてしまった。

もちろん、オンラインからの音源は、下手な公式盤よりも音がよいと思う。
古いものの多くは個人のカセットテープデッキで録音されたものだったりするが
それでも、こそこそ隠れて録音していないから、こちらも下手な海賊版よりもよほど優れている。
というわけで、音質はどれもすばらしい。
登録された音源の多くは、基本的にそのすべてがストリーミングで聞けるようになっているし
すばらしい音質の、ほぼそのままでデジタルデータとしてダウンロード出来るものも多い。

海賊盤というのは、一部の熱狂的なファンをあてこんだ
海賊盤業者が、己の私腹を肥やすために
公のルートを通さないで極秘に制作し販売するレコードのことだ。

しかし、僕らの目の前にあるこれらの音源はどうだろう。
これだけの音質というのはともかく、その数の多さ、
そして、これらの音源は、
Grateful Deadの音楽に少しでも興味を持った人へのコピーの配布まで自由なのだという。
つまり、これだけの数の良質な音源が僕らの目の前に「自由に・正式に」並べられているゆえに
「海賊盤」という負の概念は、ここでは消失してしまう。

これは、一つの音楽の桃源郷ではないだろうか。

Grateful Deadというバンドがカルトでありえるのは
こうした音楽の園を実現させたということにあるのは間違いない。

masaさんが、海賊盤ではないと言った言葉の意味がそこにあると思った。

<初出 af_blog 2006年3月14日>

「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」 を最近読んで、昔書いたこの記事を思い出した。
マーケティングというと「利益重視」というイメージがあるが、マーケティングとは本来、消費者と生産を結びつけることだと考える。もちろん、マーケティングがうまくゆき消費者と生産が結びつけば利益も上がる。一方、利益が目的となってしまったマーケティングは結果として消費者を遠ざけてしまう。消費者が去れば利益も失われる。ポイントは 消費者のための生産をどう考えてゆくのかということに尽きるだろう。ドラッガーが言っていることも同じではないか。
その点でグレイトフル・デッドがやってきたことは、消費者を取り込んでゆく生産であり、それが結果として利益を生んでいるという事実に、多くの人は 今までやってきた利益追求のマーケティングを超えた次の時代のマーケティング、次の時代の消費者と生産のつながりを学びたいと考えているに違いない。
これは、家づくりでも同じだ。住まい手を取り込んでゆく家づくりの実現が消費を生み出す。消費とは使い捨てということではない。 適切な対価を適切に支払うことである。適切な利益を得るためのマーケティングを家づくりでも実現させること。そのためには、住まい手を家づくりに取り込むことが大切であると、グレイトフル・デッドは教えてくれていると思う。

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