新シルクロード 第6集「敦煌 石窟に死す」を観た。
1995年8月29日、僕は敦煌にたどりついた。
そして、翌日の30日。莫高窟の前に立った。
莫高窟の前に立って、この地が聖地として選ばれ営まれてきたことがわかった気がした。
25年前のシルクロードでは、俯瞰の映像で莫高窟のロケーションを紹介してくれている。それを見ると分かりやすいのだが、何百もの石窟はそそり立つ壁に設けられており、その石窟の目の前には川の流れがあり、砂漠の中で、そこだけに緑が繁っている。そして、石窟を背にして向こうを見れば、容姿の厳しい山並みが見える。
映像を見て説明を聞けば石窟の空間的な位置関係(ロケーション)は理解できるだろう。
僕は、莫高窟の前に立った時に、川の流れる音を聞いた。
風に揺れるポプラの葉の音を聞いた。
異様な姿で立ちはだかる、むこうの山並みを見た。
木陰で風に吹かれ、僕の意識は一瞬透明になった気がした。意識が透明になる?
同じくシルクロードでは、莫高窟に続いて体験した
ベゼクリク千仏洞も、同様のロケーションにある。
川の流れ、繁る緑、そしてそこには火焔山。
さらに、シルクロードを進みパキスタンに入ってから見た
ギルギットの磨崖仏も、そこには、
川の流れ、繁る緑、得意な山容の山並み(カラコルムはどこでもそうだが)があった。
そのどれもが仏教の聖地である。
そして、それらの場所にたった時、僕の意識は一瞬透明になった。
これは偶然ではないと思う。
人と自然が、ある条件を満たした場所では、純粋につながる事が出来るのではないかと思う。そういう場所が聖地として選ばれる。とても自然な事だろう。
そういう場所にたってみる事。
これこそが旅の醍醐味ではないだろうか。
さて、今回のシルクロードでは、石窟に関わった無名の人々の姿を浮き彫りにしようとしていた。そして、どうしてこのような巨大な石窟が長期にわたり人々に営まれてきたのかが問われる。絢爛豪華な壁画や彫像が表現した極楽浄土。それは、戦乱の世の苦しみを陰画として呼び起こしてくれるものだという事。
そういう大きな時代の波の振幅に前にあっても
石窟の前を流れる川の流れは変わらず、緑の繁みも木陰を作り、山々は人々を見つめていたのであろう。
敦煌の石窟のその巨大さの前に、歴史は何を語ってくれるのだろうか?
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○鳴沙山--敦煌
fuRuさん、こんばんは。
不思議ですね。こんな乾燥した場所が昔から信仰の拠点だなんて。
しかも海から遠いこんな奥地が。
いつか行ってみたい場所のひとつです。
新シルクロード「敦煌 石窟に死す」を視聴して
6月13日にBshiにて新シルクロード第6集「敦煌 石窟に死す」を視聴した。「新シルクロード」の視聴に先立って、井上靖の小説「敦煌」の映画をビデオで改めて鑑賞し…
frugel さん
>こんな乾燥した場所
確かにそうなんですが、雪解けの水をたたえた川がいくつかあって
その流れのところだけ緑が繁っている風景がシルクロードにはあります。
この莫高窟もそういうロケーションにあります。
その場に立つと不思議な気分になります。
et-eliotさん
>観光地化がこれ以上進まないことを祈念しています
僕も、そう思っています。
でも、外貨獲得の目玉でしょうからね、敦煌は。
少なくとも、莫高窟周辺には変に手を付けないで欲しいですね。