「日本林業を立て直す」
著者:速水亨 出版: 日本経済新聞出版社
第四章のタイトル「生物多様性と経済性を両立させる」が
この本の内容を一言で言っていると思います。
帯に書かれた文字「森は命の集合体」。
森が持つ多面的な機能のうち、とても重要なことが「生物多様性」です。
「森は命の集合体」という言葉は、まさに「生物多様性」のことです。
森を、材木を作る生産の場所としてしか見ていない目からすると
森は、単一の木材がどんどん育ってくれる場所であったほうが好都合で
「生物多様性」の「多様」であるということは、
極端に言えば百害あって一利なし、という考えがあります。
そのような考えによる林業が、戦後、ずっと続けられてきました。
「生態」よりも「生産」を重視する林業です。
しかし、そうした林業は、時代の変化と共に、日本ではコストがかかりすぎることになりました。「生産」重視で切り開かれた人工林が日本にはたくさんあります。そうした森が、コストがかかって、経営として成り立たなくなって、それで放置されどんどん増えています。放置された森は荒廃し、生物多様性が失われるどころか、森が持つ機能を失ってゆく。森が持つ機能が失われれば、土砂崩れなどの災害を引きこす事にもなりますし、森が持っている水源涵養という水を蓄えておく機能が失われることになります。
この一大事を回避してゆくには、森の木を上手に使って、生物多様性のある健康な森に育ててゆかなくてはならない。
私もそうした考えで、国産材の魅力を生かした木の家づくりをすすめています。
ずいぶん前になりますが、森林をいかす家づくりについて自分の思いを書いたことがあります。
◯森林をいかす家づくり-1
◯森林をいかす家づくり-2
しかし、先にも書きましたが、今までは「生物多様性」と「森の生産性」は相反するものとして退けられてきました。
「森をいかす家づくり」で書いた私の考えも、書いた当時は、林業関係者などからは、考え方はわかるけれども現実的には難しい、と、そういう冷たい反応がほとんどだったのです。
ところで、先日、テレビでやっていたある映画を見ていたら印象に残るセリフがありました。
「人には二種類の人がいる。一人は天文学者になる人で、もう一人は宇宙飛行士になる人だ。」
この一つのセリフで、いろいろなことを考えてしまいました。
私は木の家の設計者です。木をあつかっていますから森と無関係ではありません。しかし、森の中で森の世話をして林業に携わっているわけではありません。そういう意味からすると、わたしは天文学者であって宇宙飛行士ではないのです。天文学者が理屈を言っても、宇宙ではなにもできません。宇宙で何かをやり遂げるのは宇宙飛行士なのです。宇宙飛行士のことについて、天文学者が偉そうなことを言っても、誰も耳をかさないでしょう。宇宙飛行士のことは宇宙飛行士にしかわかならい。それは当然の事だと思います。
私が森林をいかす家づくりについて一生懸命考えたとしても、それは机上の空論と言われればそれまでのことなのですね。林業について言えば、私は天文学者でしかないわけです。
そのような無力感にとらわれながらも、森が少しでも活き活きとしてくれるような、木の家づくりをしたいと思い続け今にいたっているわけです。
そのなかで、私にできることを実践してきました。天文学者が宇宙飛行士に近づく、宇宙に少しでも近づくために、実際に森まで入っていって、林業家とタッグを組んだ家づくりをしています。林業家に会い、きこりさんの話を聞き、製材工場で木材乾燥の心得を教えて貰う。
そういう意味では、私は宇宙に飛びたいと願う天文学者なのかもしれません。そして、木の家づくりの現場にたち、けっして書物で知ったことだけで判断しないという意味で、私は宇宙飛行士としてやってきたとも胸をはって言えると思っています。
しかし、そうした活動をしながら、生態を考えた林業については、先の見通せない暗い闇が目の前に広がるばかりでした。
この本は、速水亨さんが、速水林業で実践してきたことを書かれています。生物多様性をもった森を育みながら、そこで木材を生産して供給してゆく速水林業さんのドキュメンタリーです。
速水林業さんは、FSCという持続可能な林業をやっている人たちに与えられる国際認証を日本でいち早く取得しました。FSCとは、まさに 「生物多様性と経済性を両立させる」ことを実践している組織に与えられるもの。日本ではいろいろな問題が重なり、やはりその実践はかなり難しいと思います。その困難さの中で、様々な条件もあってのことではあるでしょうが、実現している。そして、経営としてもちゃんと成り立たせている。そこには、理屈もありますが、実践しているというドキュメンタリーがあります。天文学者ではなく、宇宙飛行士として森に立っているドキュメンタリーです。
もちろん、誰にでもできることではないでしょう。しかし、日本の林業が抱えている巨大な問題の壁に亀裂をいれ、わずかな光、わずかな水が、壁から溢れる、そんな小さいかもしれないけれども大きな一歩が、この本には記されていると思いました。
(2012年9月6日 初稿)
(2012年9月12日 改稿)
間髪入れずに続けて読んだのが「日本林業はよみがえる」。
評判の高さにひかれて読みましたが、
速水さんの本が、あくまでも速水林業での実践を紹介しているのに対して
こちらの本は日本の林業の現在を俯瞰的に描いており
この本を読むことで、速水林業さんの 試み・実践がより浮き彫りにされると思います。