「アフターダーク」 村上春樹 著
講談社 ISBN 4-06-212536-6 定価 1400円(税別)
そして、ぼくは本を閉じ、その余韻に身を預ける。
こんなに美しいラストシーンは見たことがない。
さまざまなイメージが重なり合い
僕らは最後に美しいラストシーンと出会う。
(注意--本文引用多数あり)
ひとつのベットで寄り添うように朝をむかえる姉妹。
こんなに美しいラストシーンは見たことがない。
「見たことがない」・・・?
人と人のあいだにある深淵。距離。孤独。
距離を超えてかさなること。
さまざまなイメージが重なり合い
最後に僕らは美しいラストシーンに出会う。
--新しい情報を送り、古い情報を回収する。
新しい消費を送り、古い消費を回収する。
新しい矛盾を送り、古い矛盾を回収する。--
そんな都市のなか。
さまざまな孤独。
かさなる人と人。かさならない人と人。
「われわれ」という不思議な視点から眺める世界。
「われわれ」は見ることが出来るが関与することは出来ない。
--「人はそれぞれに違うということ。たとえ兄弟であってもね。」--
--「君とはなぜか話せる。」
「私とはなぜか話せる。」--
テレビの中に閉じこめられる浅井エリ。
寓話ではなく、比喩でもなく。
「われわれ」は見ることが出来るが関与することは出来ない。
テレビという装置がもたらしたもの。
眠り続ける姉。
テレビという視線にからめとられた意思、意識。
殴られる中国人の少女。
--「問題あるよな。そいつ」--
ジャン・リュック・ゴダールの「アルファヴィル」
--「アイロニーって?」
「人が自らに属するものを客観視して、あるいは逆の方から眺めて、そこにおかしみを見いだすこと」--
--「情愛とアイロニーを必要としないセックス」--
--ラブホテルで中国人の娼婦を買う男には見えない。ましてやその相手を理不尽に殴打し、衣服をはぎ取って持ってゆくようなタイプには見えない。でも現実に彼はそうしたし、そうしないわけにはいかなかったのだ。--
白川の妻が頼むローファットの牛乳。
高橋が絶対に手にしないローファットの牛乳。
--「何かを本当にクリエイトするって、具体的にいうとどういうことなの?」
「そうだな・・・音楽を深く心に届かせることによって、こちらの身体も物理的にいくらかすっと移動し、それと同時に、聴いている方の身体も物理的にいくらかすっと移動する。そういう共有的な状態を生み出すことだ。たぶん。」--
音楽から法律の世界へ。マリに語る高橋。
--「一人の人間が、たとえどのような人間であれ、巨大なタコのような動物にからめとられ、暗闇の中に吸い込まれてゆく。どんな理屈をつけたところで、それはやりきれない光景なんだ」--
公園で浅川エリのことについて会話する、マリと高橋。
--「たとえば・・・、彼女は君ともっと親しくなりたいと思っていた」
「私と親しくなりたい?」
「彼女は君が自分とのあいだに、意識的に距離を置いているみたいに感じていた。ある年齢を過ぎてからずっと」--
--「要するにさ、ぼくが何を言ったところで、それは彼女の意識には届かないんだよ。」--
中国人の少女について語るマリ。
--「でもね、ほんの少しの時間しか会わなかったし、ほとんど話もしていないのに、今ではなんだかあの女の子が、私の中に住み着いてしまったみたいな気がするの。彼女が私の一部になっているような。」--
かさなる人と人。なかなか、かさならない人と人。
自分のことについて語る高橋。
--「つまりさ、一度でも孤児になったものは、死ぬまで孤児なんだ。」--
カオルの過去。コオロギの過去。高橋の過去。
「逃げ切れないよ」。
言い表せない不安を招く言葉が、置き去りにされた携帯電話からこぼれる。
都市の通奏低音。いや、現代の通奏低音。
--「ねえ、僕らの人生は、明るいか暗いかだけで単純に分けられているわけじゃないんだ。そのあいだには陰影という中間地帯がある。その陰影の段階を意識し、理解するのが、健全な知性だ。そして健全な知性を獲得するには、それなりの時間と労力が必要とされる。」--
マンションのエレベーターに閉じこめられた、エリとマリの子供の頃の思い出。
かさなる二人。離れてゆく二人。
--「私たちが心を重ねあわせ、隔てなくひとつになれた瞬間。」--
朝の訪れ。都市に埋没するわれわれ--「集合体の名もなき部分」--
ベットで寄り添う姉妹。
鮮やかな光の筋。朝の光がまぶしい。
そして、ぼくは本を閉じ、その余韻に身を預ける。