「火車」
著：宮部みゆき　新潮文庫
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宮部みゆき。面白い小説を書く人。だいたいこういうのは、家内からの受け売りに始まって、僕の方がのめり込んでしまうケースが多いのだが、この宮部みゆきも例外ではない。
現代物のサスペンスは、ほとんどすべて読んでしまった。
これは、彼女の代表作「火車」を読んでの感想。ホームページに載せていたものを転載する。

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宮部みゆきは一般的にはミステリー作家として知られている。ただ、実際に呼んでみると「ミステリー」という枠でとらえてしまうには、そこで描かれている世界の凄さは閉口してしまうほどの迫力をもって読者に迫ってくる。「ミステリー」という世界にありがちな奇をてらったような話もなかにはあるが、ここで取り上げる「火車」や　最近話題の「模倣犯」、そして直木賞をとった「理由」などは、もうほんとうに読んで圧倒されてしまった。

前置きはこのくらいにして「火車」のなかからいくつか抜き出してみよう。

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ふと、本間は思い出した。澤木事務員が言っていた、昭和五十年代後半のサラ金パニックの根底には、マイホーム願望と、そこから生まれる苛酷な住宅ローンがあった、と。
それも錯覚から生じたものではなかったか。「マイホームさえ持てれば、幸せになれる。豊かな生涯が約束される」というーーーーー
（413ページ）
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「夜逃げの原因は住宅ローンですか？」
倉田はうなずいた。「喬子のお父さんは、地元の企業のサラリーマンだったんです。安月給なのに、住宅ブームに乗ろうとして無理をしたんだって、彼女が言っていたことがあります。」
（442ページ）
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「田崎のヤツさ、なんでさ、ボケ（子供たちがみんなで育てていた野良犬の名前）を殺したりしたのかな？」
「おまえはどう思う？田崎君の気持ちを想像してみてさ」
智は足をぶらぶらさせながら、かなり長いこと考え込んでいた。
「つまんなかったのかな」と、ぽつりと言った。
「つまんなかった？」
「うん。あいつのうち、飼わせてもらえないんだって」
「飼っているんじゃないのか」
団地で犬を飼うのは生意気だ、悔しかったら一戸建ての家を買ってもらえと言っていたのに？
「飼ってないの。あのね、ボケのこと、学校でもちょっとモンダイになってさ、ウワサになっちゃって、それで井坂さんがね、近所に人から聞いたって言ってたけど、田崎のうちは犬飼えないんだ。お母さんがね、たくさんローン組んでやっと建てた家だから、ペットを飼って、汚れるといやだって言ってるんだって」
（493ページ）
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ページはすべて新潮文庫版

宮部みゆきの小説には建築の世界がよく出てくる。「模倣犯」には「建築家」と呼ばれている人物が犯行現場を写した写真から犯人像まで分析する。「理由」は最新設備の整った高層マンションが事件の舞台であるし、そもそもの事件のきっかけは払いきれない住宅ローンだ。そして、「火車」も住宅ローンから犯人の苛酷な人生が始まってしまう。

家を手にいれるというのは　ほとんどの場合　多額の借金を背負うことの裏返しだ。多額の債務とはどういうものだろう。それによってごく普通のありきたりの人生が歪んでしまうことはないだろうか。多額の債務の元で何食わぬ顔をして普通に生活できることなんてできるのだろうか。

家を建てられる方の相談を受けるとき　いまさらながらに我々のおかれている立場の　責任の重さを　しっかりと受け止めなくてはならないだろう。